実際、ミニ開発が全国の大都市でくり広げられるようになると、建設省も都市計画法を改正して規制に乗り出した。それが、一九八〇年の改正で都市計画法に盛り込まれた「地区計画」である。ミニ開発にたいする自治体の抵抗が裁判所で認められ、さらに国の法律によって追認されたわけである。一九八〇年代、とくに内閣のアーバン・ルネッサンスの「規制緩和」の声のなかで、より正確にいえば、「規制緩和」を促した建設・不動産業界の声のなかで、要綱行政のうち最大の標的になったのが開発負担金だった。
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この開発負担金こそ要綱の核心部分であった。これについても、当初、裁判所は自治体側に好意的であった。しかし、その後、最高裁判所が下級審の判断をひっくり返すというパターンができた。