インターネット住まいガイドBlog

背伸びしていた銀行

2011.11.18

土地バブルを後押ししたのは、日本の大手銀行だった。銀行融資に占める不動産融資の比率はこのころ急上昇する。1970年代はじめには不動産融資は全融資の5%弱だったが、86年にはその比率は10%を超えた。当時、輝いていたのは日本興業銀行だった。銀行の実力を示す株式時価総額は日本最大で、それは世界の銀行で最大であることを意味していた。興銀はバブルのさなか、初めての中期経営計画(88−90年)を作った。それまで高度成長と歩調を合わせ毎年高い融資の伸びを記録して築いた最強銀行の座、それを中期的な計画で万全のものにしようとした。

[参考サイト]
JR外房線(茂原)の中古一戸建て一覧
[詳細]
JR埼京線(武蔵浦和)の新築マンション一覧
[詳細]
都営浅草線(蔵前)の新築マンション一覧
[詳細]
京王高尾線(めじろ台)の新築マンション一覧
[詳細]
JR埼京線(浮間舟渡)の新築マンション一覧
[詳細]

事務方が作った中期経営計画の草案は、バブルの雰囲気にのまれない冷静なものだった。日本経済の成長はせいぜい年率3%、興銀の年間の利益は1000億円程度と見ていた。これを見た頭取は険しい表情になった。競争相手と目していた都市銀行上位行の年間利益は3000億円程度にものぼっており、計画案どおりだと都銀の後塵を拝する。興銀は超一流であるべきだと考える頭取には受け入れられない案だった。草案は差し戻され、中期経営計画は頭取のトップバンクを走りつづける意向を反映した野心的な計画に書き換えられた。高い融資の伸びを維持し、利益の水準も都市銀行上位行と遜色のない水準を目指すことになった。





インターネット住まいガイドBlog公式ブログ - www.yhzt.org Copyright (C) WWW.YHZT.ORG. All Rights Reserved. 運営者情報